91. 芸術と宗教と情と

外国人として初めて韓国政府から文化勲章を叙勲された 柳 宗悦 (やなぎ むねよし) の

没後50年・韓国文化院新庁舎オープン1周年 記念事業 「柳宗悦 朝鮮とその藝術」展

この1ヵ月間、私の頭から常に離れないほど魅力的なものでした。

柳先生は、名家の出身で父は海軍少将、東京大学哲学科に学び、英語圏の宗教哲学に

心酔した知識人です。朝鮮芸術との出会いは25才の 1914年、浅川伯教という朝鮮陶磁器の

専門家から贈られた 「朝鮮白磁壷」 から始まり、以後、慶州、釜山など朝鮮全国を20回余り

歩き回り民衆の生活美術を重視する 「民藝」 という概念を作って活動しました。


「柳宗悦 朝鮮とその藝術」 展の会場には、柳先生が集められた朝鮮時代の民芸品をはじめ

日韓友好の功績を辿ることができる品が多数展示されており、その中で特段、目を引いたのが

「ペンによる戦い」 を紹介したパネルでした。日本が韓国を併合したのは1910年、その後

日本政府は 「文化的同化政策」 によって、光化門 (クァンファムン) を撤去することと、

石窟庵 (ソックラム) の修理復旧反対を主張していました。

朝鮮固有の文化と朝鮮の人々に敬愛の心を寄せていた柳先生は、日本政府の不当な扱いに

胸を痛めて朝鮮の独立運動を支持する一文を発表、1919年5月20日~24日 読売新聞に

掲載され、それによって危険分子と烙印を押され常に監視下に置かれることとなりました。

日本の韓国併合に関する議論は別の機会に譲るとして、ここで特筆したいのは、

信念に基づき危険を覚悟で行動に移された勇気です。


「朝鮮人を想う」

吾々とその隣人との間に永遠の平和を求めようとなれば、吾々の心を愛に浄め同情に暖める

よりほかに道はない。併し日本は不幸にも刃を加え罵りを与えた。之が果たして相互の理解

を生み、協力を果し、統合を全くするであろうか。

否、朝鮮の全民が骨身に感じる所は限りない怨恨である。

反抗である。憎悪である。分離である。

独立が彼等の理想となるのは必然な結果であろう。余は想う。

国と国とを交び人と人とを近づけるのは

科学ではなく芸術である。

政治ではなく宗教である。

智ではなく情である。



政治でなく宗教であるの 「宗教」 とは何か? そして、柳先生の肩書きのひとつ

美学者 の 「美学」 とは何か? 次回はその辺りを考えてみたいと思います。



韓国KBSテレビ 特派員 eye 「平和主義者 柳宗悦の人生の軌跡」


韓国文化院 「柳宗悦 朝鮮とその藝術」 展、KBSテレビ放映の 特派員eye
「平和主義者 柳宗悦の人生の軌跡」、雑誌 「民藝2010年3月号」 を参照しました。

つづく
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