383. 新聞記者はなぜ踊ったのか?

2月15日(金)19:00~ 駐日韓国大使館 韓国文化院 ハンマダンホール にて開催された

韓国文化院・講演会シリーズ2013 「韓国の魅力」 の第2回 毎日新聞編集委員・前ソウル

支局長 大澤文護 さんの 『記者はなぜ踊ったのか~私が体験した韓国文化の魅力とその秘密』

に行ってきました。 (事前に受付で手渡された 案内書 は以下の通りです)

<講演手順>
1) ビデオ上映 「閑良舞」
2) 日韓文化の類似と相違
   ・日韓併合100年で考えたこと
   ・舞踊で体感した日韓伝統文化の相違 「3拍の妙味」
   ・日韓相互理解のために必要なこと 「若手研究者の交流必要」
3) ビデオ上映 「剣舞」
4) まとめ

<経歴>
1980年4月 毎日新聞社入社
1997年4月 ~ 2002年3月 ソウル支局員・支局長
2004年4月 ~ 2008年3月 マニラ支局長
2009年4月 ~ 2011年4月 ソウル支局長
2011年5月 ~ 現職

<専門取材分野>
朝鮮半島・東南アジア情勢、南北統一問題
<著書など>
著書 『北朝鮮の本当の姿がわかる本』(こう書房 94年)
編集 『韓国・北朝鮮総覧』(環太平洋問題研究所編 02年)
共訳書 『砂漠の戦場にもバラは咲く』(著者=姜仁仙・朝鮮日報ワシントン特派 03年 毎日新聞社)
その他 韓国の 『月刊朝鮮』 『週刊朝鮮』 などに国際問題記事多数執筆 



いつもの通り韓国文化院の職員 清水さんによる挨拶と講師の経歴紹介が終わると、ごく一般的

なスーツ姿で登場された大澤文護さん。壇上の右側にある演台には小型ノートPCが置かれ正面

のスクリーンと繋がっている様子、操作によりスクリーンにはWindows7 のスタート画面が

映し出され、並んだアイコンの中で目を引いたのは フランスの VLC Media Playerでした!

VLC Media Player    新聞記者さんはこれを使う方が多いのかしら…
 VLC のアイコン


他愛もないことを考えているうち、 その VLC Media Player から韓国舞踊 「閑良舞(한량무)」

の再生がスタート。 閑良(ハルリャン)とは官職を退いた知識と教養がある両班(ヤンバン)の

総称らしく、男女1組の風流な舞でした。そして数分間の閑良舞が終ると…

なんと、ビデオの中で先ほどまで踊っていた男性が目の前に登場するではありませんか!

韓国文化院の講演会には随分参加させて頂きましたが、これほど驚いたのは初めてのことで

風流な舞の男性が大澤文護 さんとは全く気づかずビデオの韓国舞踊に引き込まれていたのです。

そして講演は最後までこの両班姿で進められ、表題にある 「記者はなぜ踊ったのか」 について

明らかになる粋な構成でした。


大澤文護
大澤文護さん


日韓併合条約発効から100年を迎えた2010年10月10日、当時毎日新聞ソウル支局長だった

大澤さんは、ソウル 世宗文化会館Mシアターにて開催された舞踊家 ハン・ソンス、イ・ジュヒ

親子の公演 「母娘伝承(모녀전승)」 にゲスト出演し冒頭で紹介された「閑良舞」を踊りました。

韓国舞踊を習い始める時点で既に20年も朝鮮半島に関わる取材を続けて政治・社会・外交の記事

を書いてこられた大澤さんは、「日本と韓国は距離が近く、外見的にも言葉も文化も類似点が多く

相互理解は容易いと錯覚を起こしがちだが、実際は決定的な相違点がある」 と気づいていたので

深く理解するために韓国の伝統芸術を学んでみようと思ったそうです。

当初は舞踊に限定していた訳でなく楽器でも歌でも良かったけれど、ちょうど2009年9月にソウル

芸術の殿堂で開催された公演で 中央大学舞踊科教授イ・ジュヒさんの舞踊を取材する機会を得て

魅了され真剣に習うことを決心されたとのこと。そこであらためて気づいたのは日本人と韓国人の

体の中にあるリズムの違い、2泊子の日本に対して3泊子の韓国、しかも変則的な3泊子だと。

その時から韓国を見る目が変わり、初めの50% を理解するのは容易だが残りの50% がいかに

難しいかを身を持って体験したということです。長い交流の歴史を経ても混ざり合うことなく

別々に守られてきた各々の文化は互いに尊重するべきものであり、日本は1910年の時点で

一番大切なことを理解せずに突き進んでしまったのだと、今さらながら残念に思います。

それでも私は、自分の人生の目的が 「日韓草の根交流」 だと気づいてから考え続けている

「複雑に絡まり合った両国の溝を埋めて真の友好関係を築くにはどうすれば良いのか?」 という

難し過ぎる問いに対して、良質で実現性のあるヒントを与えて頂いたようで嬉しかったです。


続いて大澤さんのノートPCからスクリーンに映し出されたのは、全羅北道の群山(クンサン)市

の旧市街地に残っている日本家屋の写真でした。日本の植民統治時代、農村地帯から日本へコメ

を積み出す港町として栄えた群山には多くの日本人が住み、その時に建てられた銀行や税関の

建築物も残っているそうです。同様の建築物は他の地域でもあったようですが目覚しい発展を

遂げて大半は撤去されたのだとか。 「群山は開発から取り残され放置された」 ことも確かで

あるけれど、住民のご苦労により維持されている側面もあると知り驚きを隠せませんでした。

地元の方々にしてみれば見るだけで忌まわしい日帝時代の遺物ではないだろうかと…

韓国で唯一残っているという日本式の寺院 「東国寺」 では雨漏りがひどくなってきたので

2005年に住職が一大決心して瓦のふき替えを敢行されたそうです。

又、大規模な「熊本農場」の日本人農場主が建てた立派な診療所の建物が印象に残りました。

日本人農場主はソウルから韓国人医師に赴任を要請し、その先生(イ・ヨンチュン氏)が

韓国農村医療の基礎を築いたという事実を知ると、負の遺産を保存することが単に観光資源と

捉えるだけでは足りない懐の深い 「何か」 を感じました。

私は大澤さんから、双方の根本的な相違点を理解することの大切さと、若い世代が中心となって

行う歴史の真実を検証する作業の継続こそ、真の友好関係構築には不可欠だと学びました。

草の根レベルの民間交流でも表面的なことばかりに満足せず、変則的な3拍子を念頭に置いて

根本的な相違点を理解するという明確な道筋を大澤さんは示してくださったように思います。
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