347. 『希望の国』 希望と絶望は、ひとつの存在の表と裏 ②

東日本大震災から数年後の 「長島県」、 酪農を営む小野泰彦 (夏八木勲) は、認知症を
患う妻 智恵子 (大谷直子) と息子夫婦の洋一 (村上淳) いずみ (神楽坂恵) の4人で
穏やかな暮らしを営んでいた。道を挟んだお向かいで農業を営む鈴木健 (でんでん)
めい子(筒井真理子) も、家業の手伝いをせず恋人 ヨーコ (梶原ひかり) と遊んで
ばかりいる息子 ミツル (清水優) に不満を持ちながらも仲良く生活していた。しかし、
ある日、大地震に襲われ原発事故が発生、半径20キロが警戒区域となり泰彦の自宅庭が
ちょうど境界線になる。立ち入り禁止の杭が打たれ、鈴木家には強制避難が命じられた。
泰彦は 「国の言うことは信じられない」 と息子夫婦を自主避難させ、自らは妻と住み慣れた
家に留まった。避難所の鈴木家は、実家が海沿いの街にあるヨーコの家族の安否を心配し、
ミツルは絶望的だと気づきながら毎日一緒に捜し続ける。
自主避難した息子夫婦はアパートを借りて洋一は工事現場で働き、いずみは妊娠が発覚、
お腹の子を守りたい一心から放射能恐怖症になっていく。さらに原発はメルトダウンし
泰彦の家も避難区域に指定され強制退避の日が迫る中、泰彦は家を出ようとしない…



冒頭から大地震が発生するまでの非常に短い時間の中で、主な登場人物8名の暮らしぶりや

人となりが説明されるのですが、わかり易くて無駄がないのに面白くて、私自身も長島県の

世界に溶け込んでしまいそうな気分になりました。その上、明らかに福島県である長島県から

「広島と長崎」 を、認知症を患う泰彦の妻 智恵子からは 「智恵子抄の高村智恵子」 を

ミツルの恋人で実家が海辺の街にあるヨーコからは 「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」 を

彷彿とさせるよう仕組まれているのかと思ったりもして…

乳牛を飼育しブロッコリーを栽培する小野家の1人息子 洋一は家業を手伝っているものの 

大人になりきれておらず、妻 いずみの方がしっかりしている印象、智恵子が認知症のため

嫁姑問題は皆無。お向かいの鈴木家はホウレンソウ草を栽培する農家で、働き物の夫婦と

放蕩息子と飼い犬。あまりに自然で日本的なごく普通の家族の姿に、私自身は鈴木家の妻

めい子 が一番近いと親近感を抱きました。


そして運命の日、長島県はマグニチュード8.3の大地震に襲われます。

「日本最大のタブーである原発」 の映画に出資する日本企業は少なく結局、イギリスと台湾

の製作会社から出資を得て完成されたと聞き、低予算の中で大地震のシーンを描くのは難しい

のではないかと想像していました。やはり、派手な破壊シーンなどはありませんでしたが、

役者さんの演技力で十分に自然の猛威や臨場感が伝わってきました。

日本に住む限り逃れることが出来ない地震と津波、未曾有の大災害に見舞われても日本は

これまで幾度となく急ピッチで立ち上がってきました。でも福島の原発事故が起きてからは

様相が一変し目に見えない放射能が足枷となって復興は進まず、人々は恐怖を募らせ悪循環

の中で被災者に安寧の日々はやって来ません。又、被災者でなくても目に見えない放射能は

どこまで飛んでくるかわからず、1つにつながっている海のどこまで流れて行くかわからない

厄介なものです。それで放射能に関して知識がある泰彦は、「政府の言うことは信じられない」

と、息子夫婦を少しでも安全な場所へ避難させようとします。このことを東日本大震災の経験が

なければ過剰反応だと思ったかもしれませんが、何も抵抗を感じなかった私自身も、あの日から

変わったのだと気づかされました。


逃げても逃げても追いかけてくる放射能の恐怖、捜しても捜しても家族が見つからない焦り、

安全だと言っていたのに制御不能になった原発への怒り、上手な役者さんばかり揃っており

感情表現だけでも十分迫ってくるものがありましたが、それに加え、マーラー交響曲第10番

「アダージョ」 の奇妙で予測不能な旋律が心憎いと思うほど合っていました。

極限状態に置かれた人々の絶望と不安、でも時々はっとするような美しい旋律に変わり

一瞬ほっとして安らぎ、また苛立つ… この一瞬の安らぎは、熟年夫婦を演じる夏八木勲と

大谷直子の重厚な演技力によるところが大きかったと思います。「帰ろうよ、もう帰ろうよ」

が口癖の妻 智恵子を深い愛情で支える夫 泰彦は穏やかに 「あと10分したら帰ろう。

時計の針が9 のところになったら帰ろう」 となだめ、それで納得するとすぐ忘れてしまう

同様のシーンが幾度となく登場し、私はその度に口元が緩みました。


海辺の街を捜し続けるミツルとヨーコは前を向き、一歩一歩、成長して愛を深め、

「愛があればなんとかなる」と、洋一といずみは安全な場所を求めて遠くに旅立つ、

そして泰彦は強制退去が迫り町役場の職員に何度即されても家を出ようとせず、

智恵子は盆踊りに行くため浴衣を着て誰もいなくなった町を行くと、放置された家畜や

ペットたちが痩せた姿で道路を彷徨っている… もっと進むと海辺の街に着き、

そこには被災した傷跡が真っ白な雪で覆われ美しい風景が広がっていました。


これからの日本を 『希望の国』に、これからの世界を 『希望の世界』 にすることは

可能だけれど正しい選択が不可欠です。自然災害から逃れることは出来ないけれど、

原発はやめるという選択が出来ます。この作品を観て、今、気づいて原発をやめれば

「希望の国」を作ることが出来るという希望の光が差しました。今からでも遅くないと。


ここでやめておけば、まだ若い夫婦に逃げる場所があるからです。

ここでやめておけば、まだ若いカップルに一歩を踏み出す道が残っているからです。


希望と絶望だけでなく対極にあるとされるもの同士は全て同じ1つの中に存在するのです。

原発推進と原発反対も、戦争と平和も、幸福と不幸も、光と闇も…

よって対極にいる人を憎み攻撃することは自分を攻撃していることと同じです。

だから困難な問題ほど、お互いを尊重しながら自然の声に耳を傾け、静かに解決して

行くしか方法がないのです。そのことにあらためて気づかされた作品でした。


難しいテーマに敢えて挑戦した園監督はじめ全てのスタッフと出演者、出資して

くださった会社に心から感謝しています。
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