16. トライスタールック

日本航空がナショナルフラッグとして世界に羽ばたいていた全盛期の1974年、全日空では

ロッキード社のL-1011トライスターが導入され、それに伴い客室乗務員の制服も一新、

「トライスタールック」が華々しく登場しました。客室乗務員は当時、スチュワーデス

と呼ばれ、花形職業にあげられていましたが、日本航空の人気が圧倒的で国内線が専門

の全日空は地味な存在でした。1970年に始まったテレビドラマ「アテンションプリーズ」も

日本航空のスチュワーデスが主役で、紺色でミニ丈のワンピースの制服は、当時の女の子

の憧れの的でした。でも子どもの頃から、何故か判官びいきの傾向にあった私は、

東京生まれ東京育ちにして、広島カープの応援に精を出すと同時に、飛ぶ鳥も落とす

勢いの日本航空には目もくれず、全日空を憧れの対象としていました。


その思いは、1974年の「トライスタールック」登場で最高潮に達し、中でもオレンジの

スカートが1番のお気に入りで、今見ても古さを感じさせない気品あふれるデザインだと

思います。深めにかぶる帽子、白いブラウスのリボン、膝が見え隠れするスカート丈、

細めのベルト、何もかもが素敵でした。


一方、夢見心地の私が知らないところで、大事件はひたひたと迫って来ていました…


多くの国の政界、財界を巻き込んだ大規模な汚職事件、ロッキード事件が発覚したのは、

全日空がトライスターを導入した二年後の1976年でした。

ここではロッキード事件の詳細を書くことはしませんが、全日空はマクドネル・ダグラス社

のDC-10を発注予定しておきながら土壇場で覆し、実際には、L-1011 トライスターを

発注したことはあまりにも有名です。そのことにより、トライスターのイメージは悪くなり

そのうち総理大臣が逮捕され、怪死事件が起こり、世の中は騒然としていたので、せっかく

の「トライスタールック」も、事件の陰に隠れてしまったかのようでした。


それでも憧れ続けた「トライスタールック」は、私が全日空を受験出来る年齢に達した

まさにその年、「三宅一生の6代目制服」が登場してあえなく消えて行きました…

これも因果と受け入れて別の道を歩いた訳ですが、因果と言えば、全日空が発注予定して

実際は購入しなかったDC-10は、トルコ航空が買い取り、パリで墜落事故を起こして

しまったのに対し、L-1011トライスターは、全日空において歴代唯一、無事故のまま

引退したこともまた事実です。そして現在、ナショナルフラッグであった日本航空は破綻し、

全日空は手堅い経営を続けています。


「人間万事塞翁が馬」何が起きても、悠々としていたいものですね。



ロッキードL-1011とトラスタスールック
ロッキードL-1011とトラスタスールック(ANA HPより)


ANAユニフォームコレクション
ANAユニフォームコレクション(中央がトライスタールック)
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