11. いつからハローワークに?

昨日、仕事のことに少し触れ「周囲には感謝の気持ちでいっぱいです」と書きましたが、

この周囲の中には「ハローワーク」も含まれています。非常に厳しい雇用情勢の中での

就職活動を余儀なくされ、「ハローワーク」には、大変お世話になりました。

それ以前の私にとって「ハローワーク」は雇う立場での関わりしかなかったので、自分が

雇ってもらう為に足を運ぶのは初めての経験でした。

雇う立場で度々足を運んだ「ハローワーク」と、雇われる立場で通った「ハローワーク」は

幸いにして会社の所在地と住まいの関係で別の場所でしたが、これが同じだったら、少し

きまりが悪かったかもしれません。その頃(きっと現在も)「ハローワーク」はいつも人で

あふれかえっていたので、求人情報検索 は自宅のパソコンで済ませ、目ぼしい求人の

12桁の整理番号を持参し、応募に必要な「紹介状」をもらう為にだけ行くことに決めました。

人ごみの中で長時間過ごすのは苦痛でしたし、何よりも、知り合いにばったり逢いたくないと

思ったからです。求職など悪いことでもないのに、この後ろめたさは何だろう…

「仕事など待っていれば向こうからやって来るもの」といったような驕りが、自分の中に

潜んでいたからかもしれません… 


ところが紹介状をもらう為に、大変な順番待ちをしなければならないことにすぐ気づき、

開き直ることに決めました。整理番号を持参すれば、すぐ紹介状を発行してもらえると

思ったのが大きな間違いで、全ては「就職相談」の括りの中にありました。

切り替えが早い私は「こんなところで知り合いに逢いたくない」は、何処かへ吹き飛び、

「誰か知った人はいないかしら? 長時間待つなら話し相手がほしい」と見回しましたが

そんな時に限って知り合いには逢わず、「それなら」と、人間ウォッチングを始めました。

相談カウンターには常時7人~10人の相談員がおり、空いた順に番号札のランプが点灯

する仕組みです。私はそのカウンターから1番近い場所にある椅子に座って相談の様子を

じっと観察しました。相談員は女性が多く年齢は20台後半~50台後半とまちまちですが、

どのタスッフも丁寧で感じの良い話し方をされ、1人1人の相談者に対し親身になって話を

聞く様子が伺えました。そして1人の相談が終ると休む間もなく、次の相談者を受け入れます。

相談者には、日本語がほとんど話せない外国人、過去の栄光を引きずってか明らかに

ありえないような高望みをする中年男性、自身の不幸な身の上話しを突然始めて涙ぐむ

年配女性、預かってくれる場所が何処にもない子どもを抱いたヤンキー風の若い女性、

すぐ切れて大声を出す若い男性 etc それぞれに「上手な言い方があるものだ」と

感心するような対応をされていました。


「ハローワーク」のお陰で私は無事に仕事が決まり現在があるわけですが、以前は「職安」

と呼ばれていたのに、いつから「ハローワーク」になったのだろうと思い調べてみたら、

一般公募され、名づけ親は 森藤卓郎さん とおっしゃる方で、1990年から使用される

ようになったそうです。落ち込むことも多い求職活動、「職安」より「ハローワーク」の方

がずっと親しみがあり、言葉の響きも良く、明るく前向きな感じがします。

一般公募されても、定着するものもあれば、しないものがあるのは、言葉が持つパワーが

あるか無いかの違いではないでしょうか。


早く景気が良くなって求人が増え、全て求職者が希望の職業に就けますように、そして

相談員さん達が少しは休憩出来ますように…


南楊州総合撮影所の風景
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