287. 新羅の始祖 卵から生れた男、パク・ヒョクコセ

2月18日 (土) の 「ハングルで話そう」 は、高麗博物館10周年のイベントに参加した為

お休みしてしまいました。次回は 「新羅の始祖 卵から生れた男、パク・ヒョクコセ」 の神話を

朗読すると伺い練習を始めたのですが、一気に読むのは大変でヤル気が失せそうです。

それで5分10秒の音声ファイルを、 Windowsメービーメーカーで6つに分割し、1つが

40秒~60秒の短いファイルに作りかえてみました。

以下が6つに分割した音声ファイルで、紫色の文字をクリックすると再生が始まります。

とても興味深い内容なので良かったら聴いてみてください。


「新羅の始祖 卵から生れた男、パク・ヒョクコセ」 朗読 イム・チュヒ

卵から生れた男、パク・ヒョクコセ 1

卵から生れた男、パク・ヒョクコセ 2

卵から生れた男、パク・ヒョクコセ 3

卵から生れた男、パク・ヒョクコセ 4

卵から生れた男、パク・ヒョクコセ 5

卵から生れた男、パク・ヒョクコセ 6


対象レベルは 「初級以上」 となっていますが、私にはかなり難しいです。
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286. 詩人尹東柱とともに・2012  

2月19日(日) 14:00~ 詩人尹東柱を記念する立教の会 主催、池袋 「立教大学チャペル」

にて開催された 「詩人尹東柱とともに・2012 (시인 윤동주와 함께)」 へ行って来ました。


第一部 追悼セレモニー 「追悼の祈り」 「詩の朗読(韓国語・日本語)」 「アリラン斉唱」

第二部 講演 「尹東柱の詩のこころ」 小倉紀蔵(おぐらきぞう) 京都大学准教授



第一部の追悼セレモニーでは、立教大学チャプレン キム・デウォン司祭の司式により

一同で聖歌を歌い、詩編を読み、祈りを捧げてから9編の詩の朗読が始まりました。

朗読者は韓国人と日本人のさまざまな立場の方々で、どの方の朗読からも尹東柱の詩を

純粋に愛する思いがストレートに伝わってきて心豊かな気持ちになりました。


20130805286.jpg
立教学院諸聖徒礼拝堂(池袋キャンパス チャペル)


中でも特に印象に残ったのは、劇団ピープルシアターの俳優であり 「CD尹東柱詩集」

日本語朗読を担当された二宮聡さんの 「雪降る地図」 でした。順伊 (スニ) は誰なのか? 

順伊 (スニ) は何なのか? 想像が尽きることなく広がってゆく美しい詩です。


「雪降る地図」  1941.3.12
順伊 (スニ) が去るという朝                
せつない心でぼたん雪が舞い、
悲しみのように 
窓の外はるか広がる地図の上をおおう。
部屋の中を見廻しても誰もいない。 
壁と天井が真っ白い。
部屋の中まで雪が降るのか、
ほんとうにおまえは失われた歴史のように飄然(ふらり)と去っていくのか、
別れるまえに言っておくことがあったと便りに書いても    
おまえの行先を知らず 
どの街、どの村、どの屋根の下、    
おまえはおれの心にだけ残っているのか、
おまえの小さな足跡に
雪がしきりと降り積もり後を追うすべもない。
雪が解けたら のこされた足跡ごとに花が咲くにちがいないから    
花のあわいに足跡を訊ねてゆけば    
一年十二ヶ月 おれの心には 
とめどなく雪が降りつづくだろう。   



二宮聡さんは2008年、劇団ピープルシアターの公演 「一点の恥辱なきことを」 で尹東柱役

を演じたことがきっかけとなり 「CD尹東柱詩集」 の日本語朗読を担当されたそうで、

尹東柱のイメージに良く合う素敵な方です。

第一部の最後は、尹東柱が同志社大学在学中、太平洋戦争の戦況悪化により故郷への

帰国を決めた時、同級生が開いた送別ピクニック(京都宇治川)で歌ったという 「アリラン」

(京畿アリラン) を全員で斉唱しました。 


死んでゆく人に 小倉紀蔵
講演の冊子 死んでゆく人に 小倉紀蔵


上記は第二部の講演前に配布された冊子です。

「講演が始まるまで、この冊子を開かないでください」とあり期待感が膨らむ粋な演出、

いよいよ休憩が終わり小倉紀蔵先生の講演 「尹東柱の詩のこころ」 が始まりました。

冊子を開くと尹東柱には無関係のこれから 「死んでゆく人」 に対する長いメッセージと

尹東柱の 「序詞」 が綴られており要約すると…


「生命」 は物質であり、〈いのち〉は生物をうごかしている「生命」とは異なる。

人間は生物的な 「生命」 をうしなったあとも、〈いのち〉が終ることはなく永遠であり、

〈いのち〉 は単独ではなく、多重主体性のある魂にほかならない。

そして尹東柱の詩は、〈いのち〉の結晶のような作品である。

「序詞」  1941.11.20
死ぬる日まで天をあふぎ
一点の恥づかしさもなきことを、
木の葉に起こる風にも
ぼくはこころわづらつた
星をうたふ心で
なべて死にゆくものを愛さなくては。
そしてぼくに与へられた道を
あゆまなくてはならぬ。

こよひも星が風にかすめ吹かれる。



小倉紀蔵先生の 「序詞」 の訳は、伊吹郷先生の訳と少し違い 「生きとし生けるもの」 を

「なべて死にゆくもの」 としていますが、私は 「生も死も同じもの」 と考えているので

どちらも大差なく素晴らしいと思います。

幅広い見識があり韓国哲学を究められた先生が考える真理と、私の拙い経験と感性で

受け止める真理が同じものであるのか? 答えを出す術もありませんが、大変貴重なお話を

伺い良い勉強をさせて頂きました。私は 「多重主体性」を、誰にでも各々魂の故郷があり

同郷の複数の魂が 「この世」 でそれぞれ違う経験をしては故郷に戻り、その経験を共有

するからそのような状態になる、そのこと自体を指していると理解しました。

あの時代でも上手に生き延びる術は探せばあったかもしれないのに敢えてそれをせず、

心と言動と行動を一致させて生きた結果が獄死だった尹東柱の潔さは 「魂の故郷」 の

影響が大きかったと思わずにはいられません。


最後になりますが、大変意義深い集いを主催された 「詩人尹東柱を記念する立教の会」

をはじめ、「立教大学チャプレン室」 「同志社コリア同好会」 「福岡・尹東柱の詩を読む会」

「尹東柱の故郷をたずねる会」 「NPO法人ハヌルハウス」 「法政大学 交換留学生」 他

大勢の皆様のご尽力に心からお礼申し上げます。

韓国語が上手に話せれば… 尹東柱文学大賞受賞者の詩人で韓国からお越しの

パク・ミンボク氏と直接お話がしてみたかった… それが1つだけの心残りです。
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285. 高麗博物館10周年記念イベント 第二部

2月18日(土)14:00~ 東京新宿 「牛込箪笥区民ホール」 にて開催された 「高麗博物館

10周年記念イベント 第二部」 へ行って来ました。


金順子 (キム・スンジャ) 韓国伝統舞踊公演 曲目 : 太平舞他

姜尚中 (カン・サンジュン) 講演 テーマ : 朝鮮半島と日本の和解に向けて



1月15日(日) に終了している第一部と共に巷の関心が非常に高く、昨年12月初旬には

既にチケットが完売されたとのことで大盛況の会場は熱気に包まれていました。私は今回の

イベントによってコリアタウン新大久保に高麗博物館があることを初めて知り、事前に少し

調べてみると、先ず市民がつくった日本と高麗の交流史博物館であり、韓国と朝鮮を1つだと

とらえた高麗 (コリア) という名称を使って明確な意思表示をしている点にも気づきました。

日本人にとって国交があり韓流ブームがすっかり定着した身近な国 (韓国)と、あまりに違う

対照的な国 (北朝鮮) を1つだと考えるのは抵抗があり過ぎると大多数の人は感じるでしょう。

このブログも 「日韓草の根交流」 「韓国語マスター」 など韓国を特定しているかのような

サブタイトルを付けています。でもそれはあくまでも便宜上であり、両方を表す言葉があって

一般的に広く認知されていれば使いたいと常々考えており、その意味で高麗博物館の目的に

賛同出来る部分が多々あり、10周年を祝うイベントに参加出来て良かったと感謝しています。


金順子先生の演目は太平舞とサルプリ舞、この2つは衣装も髪型も全く違う対照的な舞なので

お1人で続けて演じるのは至難の技だと思いましたが、太平舞の華やかな朝鮮王朝の王妃は

僅かな時間で白い衣装の巫女に変身しサルプリ舞が始まり、昨年10月に初めて出逢った時

と同様の感銘を受け再び鑑賞出来た喜びに浸りました。


休憩を挟んだ後半は、東京大学大学院教授 姜尚中先生の 「朝鮮半島と日本の和解に向けて」

と題した講演で、このタイトルを最初に見た印象は、目眩が襲ってきそうなあまりにも困難な

テーマに対し着地点はあるのだろうかという疑問でした。

1950年 熊本県生まれの在日二世、長身で二枚目俳優みたいな素敵な外見、NHK日曜美術館

を欠かさず観ていた私の両親は美術評論家だと信じて疑わず、そんな姜尚中先生の第一声は

ユダヤ人の両親を持ちポーランドで生まれたジャーナリストの話でした。


「ポーランド人とユダヤ人は同様に迫害の歴史を繰り返しながらも、ホロコーストの恐るべき

ユダヤ人殺戮でポーランドの犠牲者が最も多い。それはポーランド人全体の罪なのか?」 と

いう主張に対しキリスト教徒のポーランド人によって両親の命が救われたジャーナリストは

真っ向から反論し印象に残った。韓国と日本だけの和解でなく、朝鮮半島と日本が和解する

ことと遠い国ポーランドの歴史的事実は無関係と言えない共通点を持ち合わせている。

第二世代の立場で真の和解を目指して模索しようとすると気の遠くなるほど複雑に絡まり

あった事実が浮かび簡単に終らせることが出来ない現実に突き当たる。けれど国は地道な

作業を続け事実を積み上げ、個人は個々の友情や信頼関係を積み重ねて行くことが重要だ。



私にはとても難しい内容で全てを理解出来たとは言えませんが、結論としては平和的な

南北統一を視野に入れずして真の和解をすることは不可能だと思い、不幸な歴史の教訓

としてドイツやポーランドが歩んだ道を振り返ることも大切だと感じました。

今はっきりしているのは明確な答えが出せる救世主を待つより、個人レベルで地道な努力を

積み重ねた方が現実的だということだけです。
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284. 「マイウェイ 12,000キロの真実」 in ニュー八王子シネマ

2月12日 (日)、「マイウェイ 12,000キロの真実」 の鑑賞は遂に10回目となりましたが

自宅から近い TOHOシネマズ府中 は早い時期に都合の良い上映時間が無くなったので

2月4日(土)以降は ニュー八王子シネマ へ行きました。2006年 「タイフーン」 で発病した?

時も TOHOシネマズ府中 の上映が早い時期に終わり、慌ててあちらこちらの映画館を探し

ニュー八王子シネマ にお世話になりました。6年ぶりに訪れると何とリニューアルされた様子、

全体的に綺麗になっており硬かったシートも座り易くゆったりしていました。

京王八王子駅から更にバスに乗り換えて行く場所にあるので、 「もう来ることは無いだろう」

と思っていたのに再び訪れることになるとは…

「タイフーン廃人」 から 「マイウェイ廃人」 へ病名?は変わりましたが、私にとっては

まるで湯治場みたいに優しくて落ち着く映画館だと感謝しています。


6年前は 「タイフーン」 で イ・ジョンジェ さんの熱狂的大ファンになり、映画の上映が終了

してからは イ・ジョンジェ出演作品を全て購入して貪るように鑑賞し、それでも足りなくて

彼が一番好きだと言った? ピアノの難曲 「ショパン ノクターン13番」 をいきなり挑戦した

経緯があります。廃人病は経験した人でないと理解してもらえないと思いますが、本当に

自身をコントロール出来ないほどその作品にのめり込んでしまうものなのです。

それで今回困っているのは、出演者は全て最高に良かったけれど特定の俳優さんに激しく

嵌った訳ではなくストーリー自体に嵌ったので今後の身の振り方がわからないことです(笑)

チャン・ドンゴンさんは私の中で 「タイフーンの海賊シン」 から 「マイウェイのキム・ジュンシク」

に切り替わったけれど、イ・ジョンジェさんには新たに心が揺さぶられるような作品は出現せず

「タイフーンのカン・セジョン大尉」のままで、相変わらず大ファンです。

オダギリジョーさんは私の中で一生 「マイウェイの長谷川辰雄」 かもしれません…

韓国の超大作映画となれば、「先ず チャン・ドンゴン ありきと言うことなのだろう」 と今回は

身に沁みてわかり、それは演技者としてばかりでなく人間的に素晴らしい人物だからこそで

「ファン」 と言うよりは 「敬する人物」 の括りに入るレベルだと思いました。


そんなことを考えながら京王線で八王子から聖蹟桜ヶ丘に戻る途中…

「悩む必要は何もない。今は他の作品鑑賞でもピアノでもなく韓国語の習得が先決!」

結局、行き着く結論はこれなので DVD の発売を待ちながら地道な努力を続けることにします。


第62回ベルリン国際映画祭 カン・ジェギュ監督、チャン・ドンゴン、オダギリジョー
第62回ベルリン国際映画祭 カン・ジェギュ監督、チャン・ドンゴン、オダギリジョー
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283. 韓国語 正しい発音を身につけて単語力アップ

2月3日 (土) の「ハングルで話そう」 では前回の予告通り単語テストがありました。

難しい単語を1度に沢山覚えなければならない状況になって初めて気づいたのは、

当たり前のことかもしれませんが正しい発音の重要性でした。

例えば覚える過程で、주눅이 들다 (臆する、圧倒される) の を何度も と間違えたのは

日頃から 「ㅜ」 と 「ㅡ」 の発音を意識して区別していなかったからだと思います。

「ㅜ」 は、唇をかなり尖らせて 「ウ」

「ㅡ」 は、唇を平らにして 「ウ」


母音の発音に注意するとスムーズに覚えられることに遅まきながら自身で気づきました…


その後、「大人のための韓国現代童話集1 恥ずかしい思い」 の詳細説明を受けました。

テキストは左の頁が韓国語、右の頁が日本語になっているので、照らし合わせながら予習

したつもりでしたが全く気づかない点がありました。それは省略されて文中に無い単語が

あったことで以下には青文字で加えてみました。


그들의 부주의를 질책하듯, 나는 더 강압적이고 화난 목소리로
彼らの不注意を責め立てるように、私はより強圧的で怒った声で

이곳 저곳을 치우라고 지시했고, 나중에는 그들의 굼뜬 행동에 속이 터져 
ここそこを片付けろと指図し、しまいには彼らのもたもたした動きに腹が立って

자신도 (自身も) 아예 팔을 걷어붙이고 깨진 유리조각들을 치웠습니다.
自分も腕まくりをしてガラスの破片を片付けました。

"참나, 저런 부주위한 사람들 때문에 공연히 나만 고생이군."
「まったく。あんな不注意な人たちのせいで、無駄にオレだけ苦労するじゃないか」

우리는 시간이 꽤 흐른 뒤에야 겨우(やっと) 깨진 조각들을
私たちは、かなり時間が経って、やっとガラスの破片を

말끔히 치울 수 있었습니다.
すっかり片付けることができました。



他の注意点として、交差点の直訳は 교차로 ですが、교차로 だけでは使われないことが多く

삼거리 교차로 (三差路の交差点)又は 삼거리
사거리 교차로 (四差路の交差点)又は 사거리
오거리 교차로 (五差路の交差点)又は 오거리
   のように言うそうです。


やればやるほど難しい韓国語、でも楽しさも日に日に増しています!
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